俺はどうもパワーで押しまくる重量級よりも、スピードで翻弄する軽量級が好きなようだ。
なんにたいしても、だ。
これは、間違いなく俺自身の身体的コンプレックスから来ているものだろう。脂肪も筋肉もつかない、脆弱なカラダに生まれついてしまった。
しかし、内面は脆弱でも軽量級でもなく、非常に激しく過激な性格に生まれついてしまった。弱い犬ほどよく吠えるとは、よく言ったものだ。もし俺に、185cmの身長と90kgの体重があったら、間違いなく2-3人を殺害しているだろう。脆弱に生まれついてよかったよかった。
さらに二律背反な事に、前述した激しい性格から、コドモのころは、やたらと喧嘩っ早かった。それも必ず体格が上の相手に突っかかった。弱い犬ほどよく吠えるとは、よく言ったものだ。コドモの時は、奇襲攻撃にほぼ成功していたが、物心つくともう駄目だった。文字通りに吹っ飛ばされる事が多くなり、勝率は急降下した。中学生の時に始めた剣道で、はっきりと現実を思い知らされ、瀬戸際外交よりも対話路線を歩む事になる。どんなに鋭いワザでも、圧倒的なチカラには敵わないのだ。大は小に勝てない。ただ、喰われるのみ。柔よく剛を制すは、ガリチビの甘い浪漫。

それでも。それでも、山椒はピリリと辛い牛若丸を目指しているのだろう。だから。なんでも軽量級が好きだ。

1000ccのカウル付ツアラーバイクよりも、250ccのオフロードバイクが好きだ。
3000ccのターボ付4WD車よりも、自然吸気系の1600ccライトウェイトスポーツ車の方が好きだ。
大量の空対空ミサイルを搭載した大型戦闘機よりも、機関砲による格闘戦を得意とする軽戦闘機の方が好きだ。
腕力で獲物の首をへし折るライオンよりも、神速で獲物を追いつめるチータの方が好きだ。
脂と化調と分厚い焼豚で押してくる家系ラーメンよりも、天然だしと岩のりと岩塩で受け流す無化調塩ラーメンの方が好きだ。
体重以上のおもりを使うウェイト・トレーニングよりも、体幹の深層筋(インナーマッスル)をゆるやかに鍛えるピラティス・トレーニングの方が好きだ。

勝ちたい。とにかく大(だい)に勝ちたい。三十路をとうに過ぎた今でも。自分よりも強い相手に突っかかる悪癖は直っていない。暴力が、今は学問に変わっただけなのかも知れない。

この頃。俺は、政治的にも能力的にも圧倒的に俺より強い相手に悩まされている。金も立場もある。しかし、倫理的な何かが欠落しているらしいその男は。四十路をとうに過ぎても、職場での女漁りを止めず。実験室をラブホ代わりに使っている。許せない。やくざな俺が、まともになれるのは実験室の中だけなのだ。そこでの不埒。許せない。

ある日。いつもトレーニングとランニングに使っている公園で。俺は心労で疲れ果て、ベンチにへたり込んで、キリンフリーを飲んでいた。アルコール入りのビールを飲む気力がないぐらい。へたっていた。

目の前を見ると。うち捨てられたコンビニ弁当に、巨大なカラスがやってきた所だった。ごはんつぶが散乱している。当然、他の鳥たちも寄ってくる。スズメがやってきた。カラスは体の向きを変えるだけで追い払った。コガラがやってきた。勇敢な小鳥は、カラスの足先に飛び込んだ。その刹那、鋭く巨大な爪が一閃した。コガラは命からがら逃げ出す。ああ、駄目だな。大は小に勝てない。ただ、喰われるのみなんだよ。
ドバトがやってきた。ドバトは追い払われても、ふわりと飛び上がり、またごはんつぶを目指す。ついにカラスが怒りをあらわにして襲いかかった。飛び立ったドバトを執拗に追いかけ、蹴爪で打ち払い、嘴を突き刺した。ドバトは、無数の羽を散らされ、逃げて行った。カラスはランチに戻る。

しばらくして。ふわりと見慣れない鳥が現れた。この公園で見るのは3回目。ハヤブサだった。カラスよりも一回り小さいが、ハヤブサは猛禽だ。殺しのプロだ。カラスが巨漢のチンピラなら。ハヤブサは、ライト級のプロボクサーだろう。今度こそ、柔よく剛を制す・・・だ。

ハヤブサは、ちょんちょんと自然にコンビニ弁当に接近する。カラスは、慌てて飛び退く。勝てない事を知っているのだ。しかし。ハヤブサは、ある程度で接近をやめた。不自然に上空を警戒すると。飛び立った。ほんの数秒で。ハヤブサは大空の点になっていた。逃げだしたのだ。その直後、10匹以上のカラスが現れて、俺はライト級プロボクサーが試合を放棄した理由を悟った。

カラスたちの乱痴気パーティが開始された。しばらくして、カラスが怒りをあらわにした警告を発した。カーカーとは、質が異なるグワァーグワァーグワァーという独特の鳴声だ。鳴くだけではなかった。飛び上がり、蹴爪を振りかざしている。全力で何かを追いかけている個体もいる。俺はすぐにはカラスの怒りが理解できなかった。

カラスたちは、飛燕に怒りをぶつけていたのだ。飛燕。ツバメたちは。カラスたちを完全に無視していた。避けようともしない。圧倒的なスピードと運動能力で、うち捨てられたコンビニ弁当ではなく、空中の獲物を狩っていた。カラスを相手にする必要はないのだ。まったく別次元の世界で飛翔していた。カラスたちの蹴爪は虚しく空をきり、全力で追跡していた個体は、ツバメの鋭いUターンに徹底的に翻弄されていた。そもそも、ツバメたちは、「翻弄する」つもりなんかないのだろう。ただ、自分たちの仕事をしているだけだ。

体積で数十倍は大きいカラスたちが無様に突っかかっていく中。ツバメたちは、華麗に宙を舞い続け、雛への食料確保という大事な任務を淡々と続けた。

俺は。少しだけ何かが解りかけた気がした。まだ、これから先も顔を真っ赤にして強いものに挑む生き方は変えられないだろう。ただ。心労で疲れ果てる事は、少なくなるだろう。そんな気がした。