俺は、世間一般の三十路男よりは、料理をすることが多いようだ。だからといって、得意であるとは言えないし、毎日の食事を全て自炊で賄えるなどといったことは口が裂けても言えない。毎日毎日、家族のために自炊できるのは、プロフェッショナルな主婦(主夫)だけである。所詮、わたしのやる事は、趣味の晩酌であり、要するに遊びである。

出来上がった料理の評判は、まあまあだ。酒飲みには、だいたい好評だ。これは、高塩分と高脂肪分の味付けがクリティカルにヒットしているためだろう。
出来上がった写真をweb日記に上げることもあるし、最近はTwitterに投げる事もある。だからであろうか。勘違いして、俺に料理の「つくりかた」を聞いてくる方が時々いるのである。人様に教えられるようなものはないので、丁重にお断りする。
しかし、先日の女性はしつこかった。しかも逃げ場なしであった。その艶っぽい(エロいとも言う)元人妻は、どうやら「勝負」を挑むらしく、その目はまさに騎乗せんとする(何にだ、何に)目であった。

元人妻の他に、老齢のカップルも真剣な目で、俺を睨んでいる。仕方なく、俺は解説を始めた。始めると、職業柄か熱が入ってしまう。教師根性とは思いたくないが。

    • baja「まずは、レシピを手に入れる。なんでもいいけど、食材や調理時間が、確実に数値化されているもの。「よく煮る」とか「お好みで少量」と表現が入ってる料理は諦めること」
    • 元人妻「分かった。ネットで拾ってきたのでいいのね?」
    • baja「よろしい」

元人妻は、らんらんと目を輝かせて頷いた。それにしても、そのケバイ髪の毛とメイクは何であろうか。今流行の小悪魔agehaというヤツだろうか。そんなもんが似あうのは17歳までだ。

    • baja「次に、計量する道具を買う。どれひとつ、抜けてはならない。計量カップ、スプーン、秤、キッチンタイマ。全部、ちゃんと揃える。さらに、鍋類だ。ちゃんと指定された大きさ種類を揃える」
    • 元人妻「面倒だなぁ。高いでしょう、全部揃えると」

おいおい、そんなんじゃ騎乗できないぜ(何にだ、何に)?

    • baja「100均のダイソーでいいんだ。どうせ一度きりの戦闘だ」
    • 元人妻「あ、そうか」

元人妻は、くるんと身をくねらせた。黒いブラジャーの肩紐どころかカップも見えている。おまけに、おかしなデザインのネグリジェを着ているものだから、太ももの最奥が見えそうで見えない。朱美さん(古い)か、アンタわっ。

    • baja「そして、レシピの通りに作る。人参1本と1/2とあったら、1本と1/2を使う。2本使ってはならない。厚さ2cmに切れとあったら、測って2cmに切る。小さじ1杯とあったら、計量スプーンで測る。10gとあったら秤だ。10分煮るとあったらタイマで計測して10分煮る。火が通ってなさそうだからと判断して15分煮てはならない。以上だ」
    • 元人妻「えっ、それだけー? それに何か精神を病んでいる気がするよ、いちいち測るってのは」
    • baja「駄目だ。守るんだ、ちゃんと作りたければ。さらに、タブーがある。それは、「工夫」や「アレンジ」だ。レシピ以外の工程や材料は絶対に使ってはならない」
    • 元人妻「おかしーじゃない、だってオリジナルにしたいじゃない!」

元人妻は納得しない。振り向いて老齢のカップルの女性に援護を求めた。身体を動かすたびに、おかしな香水がツンツンと匂う。

    • 元人妻「おかーさんは、いちいち測ったりしないし、XX風味とか言って途中でいろいろ足してるじゃないのさ」
    • 老婦人「測ってるんだよ。ただ、器具を使わなくても解るぐらいに慣れてるの! いろいろ足しても、「味の総量」を把握してるから、おかしな味の濃さにならないんだよ! その年で、その基礎力が無いクセに生意気言ってるんじゃないよっ」

俺は逆ギレした元人妻をほおって、〆の冷たいパスタを作るべく、麺を茹でる。お湯と塩の量は、ちゃんと測ろう。

    • 元人妻「しょーがないじゃん。今まで興味がなかったんだから! それにお兄ちゃんの「つくりかた」って完全に「実験」じゃないのさ、ド理系アニメおたくキモイんだよ!!」

妹よ、俺は勝負に勝つ「つくりかた」を教えたぞ。やれやれ。ここ最近老け込んで、老婦人となった俺のお袋は苦笑しながら、トマトソースのストックを解凍し始めた。親父どのは、ご機嫌にビールのピッチを早めていた。