k。夜の倉庫で働いたり働いてなかったり。お仕事は?と聞かれたら夜の仕事ですと答えていいのだろうかこの場合。 本拠地はこちら→ジコケンjoke

のび のびこ。本拠地の更新をほったらかしにして携帯ゲーム(巷では乙女ゲーム、略して乙ゲーというらしい)にハマってしまったベテラン三十路。女子向けのラブプラス発売を心待ちにしている今日この頃。
本拠地は、こちら→→ぐうたら堂へようこそ

言わずと知れた日本の首都である。大都会である。
私が初めて東京に乗り込んだのは、
まだピッチピチの女子高校生(ただし"田舎の"という枕詞が付く)だった時である。
そう、今は懐かしい大学受験の為であった。
当時ひと足早く都会の大学生となっていた兄宅に宿泊すべく、
東京都をほぼ横断することとなった(田舎の)女子高校生のびさん。
正月に帰省していた兄から
・新幹線を降りたら中央線に乗れ
・中央線はオレンジの電車だからな
・新宿で降りて京王線京王八王子行きに乗れ
・新宿では駅構内にちゃんと書いてあるから、"京王線"の矢印の通りに進め
聖蹟桜ヶ丘で降りて○口に出て、あー行ってこー行ったらウチだから
・とにかく、新幹線降りたらオレンジの電車に乗れ
という懇切丁寧なレクチャーを受け、単身乗り込んだのである。

「兄は東京駅まで迎えに来てくれなかったのか?」
と疑問に思われる読者様もおられよう。

兄はその時なにをしていたのか?

運転免許を取る為に、北国で合宿していたのである。大学生の醍醐味だ。


さて、難なく無事に無人の兄宅へ辿り着いた(田舎の)女子高校生のびさん。
まずはお茶でも頂こうかね、と電気ポットでお湯を沸かし、
そこらに置いてあったティーバッグで紅茶を淹れてみた。

なんかマズイ…。

ティーバッグの賞味期限は問題ない。でも何かマズイのである。
いま思えば、それは水道水に含まれる塩素の仕業であろうと思われるのだが、
当時の私には知る由も無かった。
これが一発目の、都会の洗礼だ。
そしてその約1週間後、都会の洗礼を本格的にお見舞いされる事になるのである。


その日は受験の最終日。
それまでに受けた大学の会場までは、途中で乗り換えなければならなかった。
都会の通勤ラッシュは恐ろしいと聞く。
骨折する人もいるらしい。電車に乗っているだけなのに!?
降りるべき駅で降りられなくなるかもしれない。ここは時間に余裕をもって、
各駅停車に乗って行こう。
しかも先頭もしくは最後尾車両に乗るべし!との父のアドバイスに従っていた。
が、この最終日は終点の新宿で乗り換えるので、どんな事があっても降りられるだろ
うとタカをくくった(田舎の)女子高校生のびさん。
よりにもよって通勤快速に乗ってしまったのである。
サラリーマンに人気の5本指ソックスではない。それは通勤快足だ。
アホにも程があるだろう?!>ピッチピチ女子高校生のヲレ。

案の定、


死ぬかと思った。


自分の肋骨が軋む音を、私は確かに聞いた。
ほうほうの体で終点新宿に辿り着いた(田舎の)女子高校生のびさん。
いや、人波に押し出されたと言っても良いだろう。
さぁ、気を取り直して乗り換えだ。


へ?

ココハドコ??

......


初日に乗り込んだ景色とは全く違っていた。
少しでも混雑を避けようと、先頭車両に乗ったが為に起こった事態である。
(恐らく)ルミネの中に迷い込んだのだ。
とりあえず人波に乗って、「JR」という表示を見つけねば。


どうやって乗り換えたのかは記憶にないが、ともかく開始時間前には試験会場に辿り
着いた。
兄宅を出た際に、近くのコンビニで買っておいた昼はん用のおにぎりには、
しっかりと手すりの型押しがされていた。明太子おにぎりだった。

東京に行った時に決まって感じるのは人が多い・建物がでかい、ということももちろんそうなのだが、日が沈むのが早いなあということでして。


改めて大雑把に計算すると、大阪からは大体500km離れているので24h×500km/4万km=18分ぐらい時差がある。東京人が立ってる地点を我々大阪人が通過するのは18分後、まあ公転もしてるから実際はぜんぜん違うところを通っているわけだが。


18分のわずかなものとはいえ差は差である。人間が昼働いて夜寝るのは太陽の出ている時間にあわせて行動した結果なので、もしかすると東京人は大阪人より18分一日の行動スケジュールが早いのではないかという推測ができる。


ではこの18分の差は何を生むのか?ここで社会人の皆々様に問いたいのは朝の早出と夜の残業を18分するならどちらを選ぶかということである。一般に朝の5分は昼の15分と言われていること、残業時間の削減努力がなかなか効果を挙げないことなどを比べてもやはり残業の方が多数派なのではなかろうか。


さて東京と大阪を比べると、日の出が早い東京は大阪は早出がしやすいということになる。一方で残業というのは上記のようにある種しやすい、また場合によるとしなければならないものである。結果として日本標準時の定められた1888年から東京は大阪より18分労働時間が長くなっているのではなかろうか。


当然のごとくここで疑問に思えるのが東京より東に位置する東北・北海道の存在である。だが彼らは一日という短いスパンでは得をしても冬の雪という大きな問題によって四季のうちの一つ、1年スパンでは1/4を失っているといっても過言ではない。よって日本の南東に位置する東京の方が結果として時間的優位ということになる。ただもし地球温暖化が進めばこの限りではなく、札幌遷都や、長野への新首都第三新東京市建設もありうる。


また上で述べたのは労働・生産時間だが、消費時間に関しても同様の法則が成り立っているかもしれない。そしてそれら生産・消費における時間の優位こそが現在の首都東京の繁栄を支えているかもしれない。


千葉については今回のテーマが「東京」なのでやむをえず省略とす。



(4月1日追記)
という話を書いたのが3月1日。たった1ヶ月で随分と状況が変わってしまい、上の理論も空論に、いや元からそんな感じだがある種の物悲しいものになってしまった。人間の考えたことなど環境の変化の前では全く空しく、国敗れて山河ありの言葉を思い出す。が、逆説的に人間賛歌でもある、と思う。