わたしのライフワークは、野宿と焚火だ。これはご多分にも漏れず椎名誠の例のシリーズに影響されたのである。オリジナルの彼らには及ばないが、わたしの率いている野宿焚火サークルは、今年、18年目を迎える。

あれは、いつの事だったろうか。記録は詳細に残してあるのだが、あえて曖昧にしておこう。ただし、わたしが若かった事だけはわかる。八重山の離島に、真夏に野宿旅をしていたのだから。

八重山の海は、ガイドブックのまんまだった。美しい。バカバカしくなるぐらい美しい。石垣島の船乗り場でそうなのだから、ちょいと離れた島に行けば冗談のように美しくて、豊かな海が広がっていた。

あの頃は、まだまだ大らかで、野宿者にとってすごしやすかった。わたしは、5人の仲間とともに、とある海岸にテントを設営した。1人を除く全員が、埼玉県生れだ。わたしも、そうだ。海がない内陸県の者たちは、例外なく海を見ると叫ぶ。うみーっと。そして砂浜に向かって全力で走り出すのだ。

あの時もそうだった。うみーっとさけび波打ち際まで疾走した。しゃがんで砂を掘ると、ざっくりとアサリが埋まっていた。信じられない。仲間の1人が、たちまち4匹のタコを突いて来た。信じられない。さらにもう1人がフィンをつけて潜航していった。あっという間にアバサー(はりせんぼん)を突いてきた。もちろん生きたホンモノを見るのは初めてだ。信じられない。

アバサーは島豆腐とともに味噌仕立ての鍋となり、タコとアサリはガリーックオイルで炒め物になった。オリオンビール泡盛を痛飲した。実に気味が悪い事に、わたしたちは高校やら中学の校歌を熱唱した。なんだったのだ、あれは。

閑話休題(それわさておき)。あなたは気が強い方ですか?それともいわゆるヘタレですか?これね、簡単に試す方法があります。それは、「野宿」してみる事です。ぐっすりと眠れたあなた。強いハートをお持ちだ。ひょっとして、何回も目が覚めましたか?あなたはチキンです。わたしもチキンです、ヘタレです。
もう18年も、いろんなところで、野宿してきました。独りの時も多数。慣れません。全然っなれません。この時もそうでした。

場面戻すぞ。わたしたちは、それぞれのテントにぶっ倒れた。豪快に響く仲間のいびきを尻目に、ヘタレなわたしは浅い気絶と覚醒を繰り返していた。いつものことだけど、この時はさらに意識が落ちなかった。

宴会の時に使っていたシェラカップ(金属製)。そいつを誰かが爪でこすっている。何をしているんだ。海から何か来ている!

鍋をこすって中身を集めている。もう全員が寝ているはずだ。誰だ。

海からは波の音がどーんどーんと規則的に聞こえるのみ。でも。海から何か来ている!

テントの周りを。誰かが掘り起こしている!幻聴じゃない。ほら、さらさら。さらさら。さらさら。

銀マットを通しても分かるようになった。何かがたくさん、そう。

ざわ・・・ざわ・・・ざわ・・・。さらさら。さらさら。さらさら。海から何か来ている!

わたしは思いきって隣の相棒を起す事にする。海から何か来ている!と。相棒は優秀だった。すぐに覚醒してくれた。わたしたちはテントのジッパーを開けた。そこには・・・。

月明かりの下だった。わたしたちは思わず呻いた。すげぇと。砂浜中を巨大なオカヤドカリが埋め尽くしていた。数万匹とはこの事だろう。わたしたちの残飯は、彼らのディナーになっていた。すげぇ。興奮して、写真を撮りまくったのを憶えている。

翌朝。魔法のようにオカヤドカリはいなくなっていた。テントの周りは彼らのはいずった後で大変な事になっていた。

海は、今日も美しかった。

その夜。オカヤドカリたちは現れなかった。1匹も。