毎回自分のことばかりで恐縮だが、
こんな私でもかつて小学生だった頃がある。
小学生だった私は、ピアノを習っていた。
通っていたピアノ教室は、当時の田舎にあっては少々特殊で、
幼少時の入会以外は基本的に受け付けないところであったことを記憶する。
どういう風に特殊かと言えば、要するに、
「うちの子は音大(特にピアノ科)に入れたいざます!」と
勝手に妄想した親の子らが通うような。
そんな不釣合いなピアノ教室に何故私が通う羽目になったかといえば、
たまたま親がその先生と知り合いであったため。
特例中の特例で、その英才ピアノ教室にひょっこりと入れてもらった。
自らはちっとも特殊な才も何も無いと知る小学生の私は、
吸収できる土台が無いものをいい迷惑なんだよ、と、
子供だったからかどうかは知らないが言えなかった。
何もかも諦めていた、悲しいジジィみたいな普通の子供だった。
でも、
そこで私はヤツと知り合った。

あるとき、先生より「レッスン時間をずらしてほしい」と頼まれた私は、
それまでの自分のレッスン時間枠に突然入ってきた男の子と出会う。
その教室には男性生徒も多く、しかもその殆どが半端無く巧かった。
彼もそうだった。
その頃私の習っていた練習曲なんかよりも遥かに難易度の高い曲を、
スラスラと非常に美しく弾いた。
情緒的な音とはうらはら、彼の容姿はのっぺりとした色白で、顔がぽっちゃり。
昭和の典型的な育ちの良い少年風、シャツにベストに半ズボンという格好。
私は早めに行っては彼のレッスンを聴くのが楽しみになっていた。
彼のレッスンが終わり、ベーゼンのグランドピアノの前ですれ違うたび、
彼の方から「こんにちは」とさわやかな挨拶をしてくれた。
いつも中途半端にしか練習してなかった私は、わざとモタモタと準備をし、
モタモタとピアノの前に座る。
彼が部屋を出るまでは恥ずかしいので弾き出したくなかったのだ。
しかし、いつも彼は私が弾き出すまで広い部屋を出なかった。
諦めて指慣らしのハノンを弾き出す私を、先生は必ず2秒後に制止する。
「手首!揺らさないって毎回言ってるでしょ!」
毎回毎回同じように2秒後に制止されるのを確認してから、
彼はニヤッと笑って「失礼します」と部屋を出て行ったのであるが、
「嫌なヤツ!」とは、不思議と思いもしなかった。
レッスンが終わる時間は、もう暗かった。
近所のイトーヨーカドーのフードコートでアイスクリームを食べながら、
仕事帰りに寄ってくれる父の迎えを待っている時が、至福の時間だった。
それがピアノを続ける唯一の支えとなっていたくらい、
私は、その教室に似つかわしくない不真面目なヤツだった。
そんなある日、レッスン後のアイスクリーム中に、突然彼が目の前に出現、
そして突然話しかけてきたのだ。
「どこの小学校?」「何年生?」「何処から通っているの?」
「ピアノは何歳から?」「中学は何処へ行くの?」
彼は自らは何も買わずに私の前に座り、
おもむろに持っていたレッスンバッグの中からアーモンドキャラメルを出し、
「はい」と私に一粒差し出した。コーヒーマシュマロアイスを食している私に。
アイスクリームをジャマするな!と思いながらも私は、彼のそんな質問に
淡々と答えていった。
彼は、こちらが聞きもしないのに、
自分が父親の仕事の関係で先月転校してきたばかりなこと、
妹が一人いて彼女もここでピアノを習っていること、
田舎はつまらなくてピアノしか楽しみがなかったこと、
でもここの先生は素晴らしいので越してきて良かったと今は思っていること等を、
余程普段話す相手がいなかったと見え、立て続けに喋った。
その後毎週彼はフードコートに現れ、その都度レッスンバッグから取り出した
アーモンドキャラメルをくれた。
いつしか私も、自分のクラスの野球の事しか頭にない薄汚れた男子に比べたら、
彼と話すほうがずっと楽しくなっていた。
彼のレッスンバックには、常にグリコのアーモンドキャラメル(正式名か知らん)
があったので、私はいつしか彼のことを「グリコ」と呼んでいた。
しかし数回その名で呼んだら彼から「その呼び方はやめてくれる?」とクレーム、
その後は普通に名字に君付けというつまらぬ呼び方をしていた。
していたつもりであるが、まだ脳内では密かに彼を「グリコ」と呼んでいたもんだから、
時々脳内から溢れ出てしまい、口に出して「グリコぉ〜」と呼んでしまう。
すると、「やっぱり。まだそう思ってたんだね」と泣きそうな顔をされた。
それ以降、彼はアーモンドキャラメルを持ち歩かなくなった。
男の子を泣かしちゃいけねぇな、と、その時私は学んだ。

中学生になり、勿論学校は別であるが、同じ市内のため、
何かの行事の際には必ず彼と出くわした。
そういえばスターウォーズを一緒に観に行ったのも、彼だった。
その後、グリコは県内では一番頭の良い男子が行くとされていた公立高校へ行き、
私は、その女子版の高校を見事に落ちて、私立へ行ったのであるが、
相変わらず付き合いは続き、いつしか互いの友達も含めて遊ぶ仲になった。
互いの妹は同い年で、かつて私の落ちた女子高校に二人して合格し、
グリコ妹がChizu妹に声を掛けたのがきっかけでこれまた仲良しになっていた。
その後我々は都内の大学へ進学し、(グリコは音大には行かなかった。)
最初のうちは寂しさからか、なんだかんだと良く会っていた。
東京での生活に慣れるにつれ、会う回数も減り、そして、
卒業する頃には全く互いの存在すら忘れていたと思う。
良くある話だ。とても良くある話。

あの時グリコが私に近づいてきた理由は、寂しさと、そして、
現実社会にため息をついてばかりいた私の周りに漂う妄想臭を、
彼が嗅ぎ付けたからだろう。
きっとだからすぐに仲良くなったのだろう。
お互い心ゆくまで話せる相手が欲しかったのだろうな、きっと。
子供時代の、数少ない本当の友達だったのだろう、きっと。
そのせいだろうか?小学生で出会い、その後も暫く付き合ったのに、
思い出すのは小学生のときの彼ばかりだ。
初めて会った日に彼の弾いていた「子犬のワルツ」と、
騒がしいフードコートでいつも私が食べていた「コーヒーマシュマロ」のアイスクリームに
グリコのアーモンドキャラメルも加わった何とも不思議にマッチした甘い味と香りは、
そのまま、そのときの私たちの声と一緒に、思い出せる。
子供の頃の良い思い出が少ないと思ってばかりいた私だけれど、
その記憶は悪くないなぁ、と、今とても懐かしく思う。
だから、私の「グリコ」は、コーヒーマシュマロとアーモンドキャラメルだ。